Guitars590’s blog

愚か者の力を馬鹿にしちゃあいけない。

内容と媒体

「最近の日本人が本を読まなくなった。」と言われて久しい。しかし、本当にそうなのか?この「最近の日本人が本を読まなくなった。」という一文には罠が隠されてますよね、明らかに。まず、本が良いものだ、本はすばらしい、という本崇拝の気持ちがこの中にある、確実に。それからこういうことをいう人に限って、所謂、まじめな本*1しか認めていないという背景もあったりするわけです。しかし、「本」の部分を「活字」「文字」に変えるとどうでしょう?「最近の日本人は活字・文字を読まなくなった。」になります。こう考えると、最初の文には罠が隠されているということがよく分かるのではないでしょうか。そうなんですね。もうお気づきのことと思いますが、最近の日本人は文字や活字を読まなくなってはいないはずです。むしろ文字・活字に関しては以前より多く読まれているのではないでしょうか?たとえばこのブログがそうであるように本という媒体は通していないけれど、ディスプレイを通じて文字を読んでいますよね。これは私個人に限ってのことですが、いわゆるパソ通の時代あたりから一日に読む文字の量は膨大になっています。さらに電子出版によって本を持たなくても青空文庫などで読めるものはものすごい量になっていますよね。
無論、本という媒体が重要であるということは認めます。ただ、本という媒体に必要以上に囚われたくないというのが本音です。むしろ、その中に書かれている内容に用事があるのだよ、というのが私のスタンスです。それから私の中では本にランク付けはしません。ハードカバーが偉い、とは思いません。もしハードカバーを買うときは必要だから買うのです。同じ内容が文庫本で出版されていたら迷わず文庫本で買うでしょう。ですから週刊誌だって、それこそ少年少女文学全集だって必要ならば迷わず買います。それから借りるということにも拘りがありません。借りるのも必要だから借りるのです。*2本の新しい古いにも拘りません。内容が同じな場合迷わず安い古本を買うでしょう。
それから、なぜ雑誌をとっておくのか?これはそうするより方法がなかったからです。現在のようにデジタル機器が万遍なく安価に行き渡ってきているからデジタル化してみようか?なんていうスケベ心が沸き上がってくるわけで、高く売りつけようとかいう考えでとっておいたわけではありません。むしろデジタル化した方が場所はとらないし、持ち運びにも楽だし、見たいときに見られるし、私にとっては都合の良いことばかりです。*3
ま、そんな訳で、できる範囲で始めたいなぁ、なんて思っているわけです。
「最近の日本人が本を読まなくなった。」は、文として不完全だからあまりまじめに受け取らない方が良いですよ。本を読まなくたって小説は読めるし、随筆だって古典だって読めるんですから。

*1:たとえば少年少女世界の文学全集みたいなやつね

*2:お金が足りずに借りるということも多々ありますが

*3:プリントアウトしたいときにもできるしね